考えてみればボクがあらゆる価値基準で最大の拠りどころとしているもの、それは【原価率】だった…ということに気が付いた。
 これが解ってから再度見つめ直してみると、あまたある客商売というものの“儲け率”がヨめてしまう。

「よくぞこんなに暴利(ボリ)やがって」……と人情がウリの、一見好々爺然としたおやっさんの風貌にはだまされることなく、隠された魂胆はたちどころに分かるわけだし、また逆に無愛想でなるクソオヤジの供する品がそれこそ、原価的に『ボロは着てても心はニシキ』であることを大方が敬遠する中、「おやじ、どこまでもついていきますぜ」と山本譲二みたくシャッポを脱いだりすることができる特典がある、あんまりエラくはなさそうだけどね……。

 ”鑑定士的”にさらに突っ込んで云えば、
『仮にこの品で“贋作屋”がガセネタを作るとしたらいくら位の単価になるか……』をはじき、連中にとっての「損益分岐点」が幾らになるのか…という”ワルの側からの原価”を知らないとダメ。
 一方的に市場価格を追認しただけの鑑定値段などでは、「ニセを作っても商売になる」とペイできると、彼らの原価計算を手伝うことになってしまうのだから、オチオチしていられない。
 エラそうだけど、これはホント。



 例えばここに紹介する荒川区荒川の《光栄軒》という中華ソバ屋さんの場合、税務署のGメンが常連を装い、入り込み事前調査の上で、ある日を期して踏み込んだ。

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荒川区荒川 光栄軒の「軟らかいやきそばの大盛り」600円。
今日のボクはダイエット中なので、盛りを少し減らして貰ってもこのガレキの山だ(笑)。
いつも食べ始める最初の5分くらいは《落石したキャベツ》などをもっぱら食べるので、本体の麺にハシが届くまではタイヘンなのだ。
ちなみに大盛りチャーハン600円は(通称)ドカヘルの内側の容積に匹敵し、メシはじつに「3,5合」に達する。

 税務署には、「すし屋ならすし屋」の「ソバ屋ならソバ屋」経費と儲けのフォーマットがある。
 「基本的な仕入原価や儲け、光熱費などの必要経費」これらが普通ならいくらかかり、いくら儲かる…といった”ヒナ型”だ。
 彼らはヤミクモに突撃して行っているのではない。

『どうもここの儲け方が少ないのはオカシイ…』

 ここの光栄軒から出されるの毎年の申告状況を見て、所轄税務署は、備え付けの上記ヒナ型とを照らし合わせて、この店が脱税しているに違いない。そうにらんだのだろう。

 彼らは連日この店のカウンターに陣取り、店と常連客との間に不自然さが生まれないか…を観察したのであった。

 つまり、「いつもより盛りが少ない」と常連から文句でも出ようものなら、『ハハ〜ン』一発。この店が「1人前に用意する麺や具の量」と、今日目の前のものとでは”原価”が違う…といった…活きた証拠となるわけだ。

 ソバ屋の脱税の代表的な手口は「麺をケチる」ことなのだ、と某税務官僚に聞いた事がある。じっさい、近所の駅前にある立ち食い日本ソバ屋は明らかに「麺の量」が『一人前=ひと玉』よりも少ない。

 ここの駅ビルはテナント料でも高いのか、同じフロアの日本ソバ屋も不当に盛りが少なく、ボクはここも怪しいとにらんでいるのだ。
 ボクが査察官だったら、ひと玉ひと玉配達されてきちんと並べられている箱から、その玉をハカリにかける…なんて行為は確実に怪しい(笑)。

 前者では『100エン増し』で大盛りソバを頼むのだが、それでようやく通常の「ひと玉」分にすぎない。手順を見ているとたしかにひと玉すつ取っては、そこへハカリまで使いパラパラパラッと、割増し分を追加するのだが、どうもおかしい。

 つまり、「ひと玉の8割」しか出さなかったら”4人の客”を迎えれば、『1人前の玉』としてそっくり売上げから(申告すべきを)抜いてしまえるのであろう。

 税務署の目は誤魔化せても、ボクら”大盛り派”にとって「ひと玉」「ひと玉」が勝負なのである(笑)、その割増し分がイノチなのである(笑)。
 この胃袋の桜吹雪が目にへえらねえかって、見えるわけないってえの(笑)。

 あれはどうも最初から麺の量をあらかじめ少なく玉にしている確信犯に違いない。

 云っておくがそこらのケチ野郎に聞かせたい。この光栄軒の場合などは”大盛り”は、黙って麺を2玉!使う。
 これで同じく「100円増し…」なだけである。
 冷やし物などはちょっとお願いすれば、「3玉」入れても100円upだけで済むのである。

 この巧妙な”封じ手”までさすがに徴税官吏、さすがに持っているが、ボクは口が堅い。

 まことに無理もない、光栄軒の調査からはじき出された原価とは、前記フォーマットに照らし”不当に高い”と、舌を巻かれてしまい、マスターは困ってしまったそうである。

 その原価とは、「麺の量」が多い。「肉の割合」が多い。「野菜の分量」が仕入れすぎている。
 おまけに「光熱費も不当に高い」からどうにかすべきと指摘される。
 そりゃそうだ炒め物・茹で物にしろ、”総量が多い”のだからそれだけ火も長く強く加えなければならないのは自然の摂理である。

 調査の間中、調査官はカウンターに座り連日その盛りっぷりの良さを見て、またそれを驚くこともなく胃袋にしまって帰る客を見送る毎日をすごしたそうである。
 その上で《お宅はこんなに原価が高いんだ》と最終的には苦笑して引き上げていったという。

 つまり、「もっと当たり前に儲けて利益を出し、税金を払いなさい」と、誠にもっともな徴税官吏としては腹立ちのお言葉なのであろう。
 

【名店とは[原価率が高い]もの】

 これが重要な決め手である。
 一銭でも多く税金を払わないとならない日本のお国事情を考えると、光栄軒とはまことに”非国民”のような店である…が、今の庶民レベルからすると、タマにはこうした大らかな気持ちのこもった一皿を愉しんで、こころを少しでも大きくして貰う必要があるのではないだろうか?

 ボクはこの店をわが「荒川区の誇り」のひとつであると思う。
 マスターはいかにスケベとはいえ…(笑)。
 
 値の高い材料を、客が知っても知らなくても黙って使う。
 『食いきれなくてもいいから腹いっぱいにして帰してやろう……。』

 料理を供する側に大事なのはこうした【こころ意気】である。気風(きっぷ)ともいう。

 前置きが長くなった、タネを明かしてしまうがボクの鑑定の基礎は“庶民の口に入る食材の値段”である。 だから卸売市場はボクの勉強部屋だ。

 ラーメンがあの時代はいくら、かけそばがあの頃いくらだったという「考古学」でなく、自然環境の変動や、需要供給バランスの変動、または高級・低級の価格差(=評価額)などで、その時々の人々がどれ位の価格の上下を受け容れられるかをボクは値付けの大事な基準としている。

 道楽者の付ける、道楽者だけの値段であってはならない。たとえそうであるにせよ、庶民が『これはいい』と一念発起する気になる値付けでなくてはならないのではないか。
 だから庶民のフトコロを見るには市場が第一だろう。現代社会の“仕入れ値”の基本がここにはある。

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京成線千住大橋脇、都営足立市場正門。
写真右脇 に「武寿司」
営業:朝・昼〜15時。休日=市場日程に順ずる。
 

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仲買い「松本」。
 
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ボウズ2ショット。
松本のダンナ(「自称 ガン」本当とは思えない)と筆者。
[千住大橋 足立市場]

 ここ、足立区千住魚市場にはもう長いこと通っている。
 いわゆる市場の内側「仲買い」さんは一種の“問屋”。

 彼ら仲買いの相手は魚屋・割烹・小料理屋の仕入れということだ。
 この《松本》さん(写真)や、《柿澤》などはそれら仲買いの大多数とは別に、千住の中でも高級な『浜値(はまね)』の高い魚介類ばかり扱っている通称「すしダネ屋」クラスの店である。

 たとえば他では「網で獲ったサバが(1)キロ=200円」で扱っているとすると、松本のダンナの店ではこれを「“近海”サバ」とタグに書かず、“下関”産サバとか『釣りもの“関(せき)”サバ』などと、旨いので知られた産地の品ばかりを扱い、値段も例えばキロ=2〜3000円だったりする店だ。(鯛よりも高い価格・比べるだけヤボか?)

 原則として一般人は入れないが、不景気の折、彼らにとって売りやすい“単位”、たとえばキロ単位とか、魚まるごと一匹とか、彼らが指摘を受けても『シロウトたァ思わなかった』といわせる量を買い、”顔”を立てて差し上げれば後はア・ウンだ。

 ボクなんかはしばらく、この市場では『町屋駅近くの小料理屋』のオヤジ…で通っていたのである。
 勿論、番組をご覧になっていない方も多いわけだが、ここにはたいがいフルフェイスヘルメットかぶったまま、か、野球帽で行くため、それで都合良く、まんまと潜入できたわけなのである。

 松本のこの大ダンナのキョロッとした目が、無言でこちらを一瞥すると、えも言われぬ迫力があり、これを武器に大卸業者が思わず値を下げたりベンキョーしたりするんだろうな……。とボクはそうにらんでいる。

 『なんかよう、オレのガンはな、色ンなトコ転移しちまっているらしいんだよう。おい、センセに、コーシー出してやってくれ、いいんだよ呑んでってくれよ。そんなの遠慮すんなよ。』

『でも、面白れえんだよ、なァ。「あんた逆に元気ンなっちゃった」
ってね医者のやろうびっくりしてやがってよ、なあ、ニンゲン”気”だよ。
気持ちだよ。ガンなんか押し返っしちまえるんだから。
弱気ンなっちゃいけねえよな。あはは』本当に日々血色が良くなって行く
オヤジさんなのである。

 ボクはここで夏場、朝五時集合の草野球を終えたあと土だらけのストッキングのまま、大ダンナらが釜ゆでする江戸前(三浦半島・小柴漁港もの)の大ぶりのシャコを熱つつ、と殻をむき、ホクホクつるりっと口に放り込む……ジュバッとにじみ出る海原の、甘みあるウマ味……至福の悦び。ああいいっ!!

 琥珀色の卵を抱えたメス喰うヒマがあるなら、ボクは断然雄がいい。
 同じミを食してもメスは産卵に精力吸われ、噛んでも味は淡白で、あの卵本体は本来、味気ない。反面、雄の身は頭から尻尾まで旨みの詰まったジュースに満ち、噛むたびに“じゅぴぃ”としみ出すのである。

 ああ、頬っぺがきゅ〜と自然に縮んで落ちそうだ。
 唾液を大量に分泌させようと条件反射で頬の筋肉は内側へ収縮していくため、“落ちそう”と表現した先達の頬っぺたの具合いがよく解る。

 なのに寿司屋に云わせればシャコの握りを出しても『あら、卵が入っていない。安物扱ってるのね』という客がほとんど、したがって《子持ちシャコ》は高く、雄は安く買える……図式。しばらく皆さん内緒にしてオスばかり選びましょう。スーパーでも”あめ色の卵がシッポ周辺にのぞいていない”=オスなら3割は安い。これはオイシイ!
 まあ、団結しそっとしとこうかね。高くなっちゃこまるからね。

**2003年1月12日未明、この「松本」のオヤジさんは天に召されました。享年67歳。とても淋しいです。掌合掌。


メッチャ”好っき”やねン

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ししゃも
昔ステッカー&キモサベ美術
最低マナーの某有名店。
&「市場の美味さ」武寿司
お笑い・横ッ丁ホフク写真館
今はなき《ラーメン・松楽》
お笑い・横ッ丁ホフク写真館2
【正しいコーヒー道】

一回 中華ソバ屋さんに習う、
    ”原価”こそ名店見極め法