こだわりの旅

 『イチロー”首位打者”へ、これだけの万端準備』

沈黙したまま続けていた、これだけのこと
  KOBE→PEORIA→SEATTLE→ to the”Summit”


前ページよりのつづき

 砂漠地帯の早朝はヘタすると、息が白い時もある。
 それでいて真っ昼間は、日向で40度近くなるのだから残酷だ。
 明日からの正式なキャンプインにそなえて、ほとんどの選手がこのピオリア施設を目指す。

 ア州が砂漠地帯の開発計画の一環として、メジャー球団に声をかけ雨が少なく日中は温暖なこの地にキャンプを…と、施設建設を補助し呼びかけた結果、メジャー30球団の約半数ずつ、こことフロリダとの2箇所に集い、2〜3月の間トレーニングを重ね、オープン戦を繰り広げるのである。

 これから約一ヶ月半で、いよいよイチローの真価が問われる「開幕」、となるのである。
 イチローの真価と、日本プロ野球70年が問われる…と言ってもいいまさに正念場だ。

 イチローら選手には過敏とも言える”隔離政策”がとられ、例えば打撃練習が本塁打附近で行われれば、カメラも記者も遠くダグアウト前に張られたヒモの内側と、”生活圏”は限定された。
 しかも、打者がボールを見る”その視界の内側”からは排除されるため、エラく長い望遠レンズで”真横顔”を撮るのがせいぜいだった。

 ここでは明らかに「日本人」とみたらはっきりと”差別”され、外国メディアとは違う冷遇を受けた。
 しかし、日本のデスクからドヤされることを恐れた現地派遣スタッフ(総勢:約150名)は、犬ッコロに対するようなあしらい方をマ軍広報から受けてもニヤニヤ顔で、それを甘受して従うのみだった。

 ボクには一昨年以来、ここの広報からシーズンオフでもE−メールでシアトル各メディアへの広報資料が届けられていた…ので、安心してプレスパスの申し込みをしたところ、
『取材させて欲しいなら、執筆中のメディアの”長”からすでに取材要請文が届けられていない者以外は認めない』と、けんもホロロなのである。

 通常、アメリカではホワイトハウスにしろ”現在執筆中”であろうがなかろうが、またそうした実績がまだない若いジャーナリスト希望の者にもひとしく、”取材させる”ための門を開くものだ。

 ボクは開いた口がふさがらなかった。なんという世間知らずなんだろう。
 いや、ボクではなくこの【田舎球団】にあきれた。

 彼らはまるで日本の記者クラブ制度のように、【番記者】以外は認めない……とのククリをかけてきているのである。これは日本では通じてもアメリカでは通じない「非常識」にほかならない。

 おそらく、日本からおしかける【犬っころ】にウンザリしたこの田舎球団が、【日本方式】の制限術を急遽、採用したのだろう。

 アメリカはどこの政府機関、役所、警察などでもジャーナリストであれば【フリー】も【番記者】も分け隔てなどどこにも設けていない。
 ジャーナリストを選別する……という事はもうすでに【言論の選別】をしている、後ろ暗い連中であるということを自白しているようなものなのだ。
 だから【ジャーナリストを所属で選別しない】のが原則なのである。

 だからボクの場合、18歳だった70年、ニクソン大統領がハワイで時の田中角栄首相と会談した際、ボクは『現地フリージャーナリスト』としてハワイ州知事官房経由で申し込み、ハワイ島へ往復するニクソン夫人の同行取材にパスは出るし、訪問に使ったエアフォース・ワン機にも同乗できたものである。

 これが『報道の自由』であり、『報道させる義務』のある”社会的地位”のある団体に課せられた義務なのである。
 それをこの田舎の毎年低迷球団は、今年こそ信じられぬ破竹の勢いであるけれども、春のイチロー取材ラッシュで広報の基本的な”交通整理”ができずパニクっていたということだった。

 メジャーやNBAなどの「広報スタッフ」などという者は、言ってみれば日雇いならぬ”年雇い”みたいなもので、毎年球団からより新鮮なスタッフを”前年並みの給料で”雇えるため、一部(血縁関係などを)を除き大多数が年中、クビをすげ替えられるものだ。

 だけに、”自分らが優位だ”となるとやたらと権威を振りまわしたい…、規則は規則として臨機応変ができない権力バカ(が各球団に存在し)として短期間を凝り固まるものなのだ。

 日本にも似たような人種がいて、かつての後楽園当時の『清水スポーツ』というガードマンの会社の者がバカを振りまいてい(る?)たものだ。

 一度、待ち合わせに失敗して、「日本ハム戦」ガラッガラのスタンドで、ボクと友人、一本の鉄パイプをはさんで、「こちら内野席、友人が外野席」と二人の間に一本の棒をはさんで試合を眺めていたことがあった。

 どうしてか…?

 ここのワイシャツ姿の冷血人は、その(ボクの内野指定A=一番高い席)切符では、内野ならどこでもいいが、『外野席』に映ることは許されない…とのダンコたる規則を守るのみなのである。
 ボクは「差額を払い戻せ」だの「巨人戦のように混雑している中で、わがままをいう」といった”無法”を主張しようとしているのではないのである。
 見渡す限り周囲直径100b以内だって、20人も居ない壊滅的状況(笑)なのだ。

 金も要らなきゃオンナも要らぬ、『2700円の席を無駄にしても良いから500円の席に行きたい』と『戻ってもこない』と念を押して、近頃(=今も)珍しい太っ腹なお願いを穏やかにボクは平和裏にお願いしていたのである。

 でも、またげば越せるパイプのゲートはかたくなに閉まったままだった。
 「ダメ。外野の切符を買え、だけどもう5回裏以降なので売っていないけど」とのたまる。
 で、責任者を…と言うと手持ちのトランシーバーで交信した…結果、やはりバツなのである。

 彼らは後楽園や東京ドームなどのスポーツイベントの”警備(?)や整理”をソフトに行うための”人材派遣会社”で、場内にいるスタッフはほとんどが短期のアルバイトで構成されているのである。

 名前こそあまり知られていないが、こうした”動脈硬化”している末端を上へとたどって行くと、そうした会社のトップは昔から絶対に!、”脳死に近い”世間知らずの人間が居るものらしい。

 後に某球団の方に訊くと、案の定どこかのエライさんが天下りで始め、野球以外のコンサートや大イベントまで一手に引き受け、順風満帆なのだと言う(笑)、やっぱし。

 あの球場でイヤな想いをした人は、こうした(無競争という)ウラ事情が慢性的に横たわったままであることがその一因だとを知って、水に流してやって下さい、バカでしょう(笑)。

 また余談が長くなった。
 とにかくこのマ軍広報職員、イチロー君についている外人通訳氏はいいのだけれど、マ軍の職員というと「選手の品の横流し」やら「無断持ち出し」はするし、ボクが多額の寄付(邦円200万)をしたもののThankYouのひと言を云う手間は惜しむ(嘲笑)し、スジ論を言う相手ではないことだけは確かだと今になって結論付けた。

 ともかく、顔見知りの日本人報道記者に会ってみたら吹き出してしまった。
 ”「一般ファン」が見学して良い場所”とは、各グラウンドの”金網の『外』で、報道陣パス持ち特権階級(笑)は、”金網の『内側』”だけの違いで、(99年初キャンプ参加時)と同様、ロッカーは立ち入り禁止。敷地内の屋外ベンチに座る権利がある…だけ(笑)。

 なんだソレ…「室内練習場」や「ブルペン」などはファンと同じく”金網ごしの外”…ではないか。
 おまけに『選手に(先方から…を除き)話しかけてはいけない』との合意…だそうだ。

 ロッカー取材ができないようならメジャー取材は拒否すべきであって、また逆に【ロッカー取材を拒否する選手ならメジャーを去るべき】なのである。

 高い年俸はその【ファンサービスにプライバシーなし】との”時給”が含まれているのである。

 佐々木はともかく、イチローが立ち止まってコメントを出すワケもない。
 判っちゃいるけど、『もし、仮にイチローが他の社に話を始めたら特オチとなる』ので「距離的に」くっ付いていなくてはならない、【だからプレスパスが必要なのだ】そうである。
 笑ったね、よくよく『日本の報道』は軽くみられているうえでの”選手&球団の措置”なんだろう。

 そんなら施設を移動中にどんどん話しかける一般ファンのほうが、時には選手との距離が”優位”に立ったりしているではないか(笑)。

 ボクはこうした「裸の王様」みたいな(権利の崩壊みたいな)状況が大好きだ(笑)。

 総括してみたら解る、(佐々木は除き)イチローに関してだけは日本の各社は来年からは『カメラマン』だけ送ればそれで済んでしまうではないか、ひとつも”抜いたネタ”はなく、強いて言えば『イチローのおにぎりは弓子さん製』とバラして取材拒否(する方も大人げない)された記事だけだった。

 イチローが協定をしっかり守りすぎた(笑)…のを怨むムキもあろうが、「記事」は共同と時事両通信社に任せっきりにしたって、紙面の違いに気付く読者……はいないはずだ。

 こうすることでいっそ、きちんと「日本のマーケット」を疎んじさせればよいのである。

 ボクはあんなバカ広報らの恩着せなどシカトで、施設内のカッ歩を始めた。

 バカに暗い室内練習場でイチローがボールを打っていた。
 ”マシーンヒッティング”である。
 明らかな照度不足である。なのに施設の外に出ると”ドピーカン”の晴天、コントラストが思い切り強いのだ。
 せめて、室内練習場の床の土は白っぽい砂を敷くとか、バックを暗くするだけでボールを柔らかく見やすくする工夫があって良いだろう。まったく驚くほどバカな無神経ぶりである。

 そのせいだろうか、イチローのバットから発する音は湿っぽく、クリーンにインパクトできている音が少ない。いや、やけにファウルボールの数が多いのにも目を見開いてしまった。

 それから気になったのがこのマシンがやたらと低いタマを放ってくることで、その(”低い”と判定されるはずの)ボールまで、彼は振ってしまうのである。
 いや、むしろ”積極的に”手を出しているようである。

 日本でボクはこんなイチローなど見たことはなかった。
 こんな悪球打つ必要がどこにあるのか。金網越しのファンや記者たちもこの姿にはあまり良い印象は受けなかったことだろう。

 ハッとしたことがあった。
 「調子が悪いとボール球に手を出すもの」というが、室内のイチローは気が付いてみたらちっとも高い球には手を出していないのである。

 高めにはピクリともせず、”きわどい球には”手を出し、「スコッ」とあっさりカットしてしまう余裕すら感じたのである。
 『・・・・・・・?・・・・・・・?・・・・・・!!』

 外部グラウンドでの打ち込みも眺めていたが、ここでは”打撃コーチが投げるタマ”をイチローのみならずオルルッドやマルティネスら主力が揃って苦戦しているのである。
 30分見ていてもシンに当たった打球など、トータルでも「10球」はなかった。

 『ああいう、うんと短いテンポで”ちぎっては投げ、ちぎっては投げ…”っていう投げ方は(笑)、ニガ手ですよねぇ』その夜、大きなステーキを健康そうに食べながらイチローは笑う。

 アメリカには、こうした「非常に小さいフォームで短い距離から投げ込んで」くる「コーチ人種」というものがいる。
 これもメジャー流なのだろうが、「ステップを合わさせず」バットもスッと出して「合わせるのがやっと」といったショートスィングをさせて、
 打者たちに(有効性が疑問だが)臨機応変のアジャスト能力を備えさせる効果を持つ…ものだそうだ。

 案の定、どの打者も手元につまり、先っぽに引っ掛けさせられ四苦八苦、
『引っ張って大きいの』などはほぼゼロなのである。我が記者団各氏ときたらノートに『”正”の字』を書き、ナニしているのか?と訊くと
『今日のイチローのヒット性の打球』の”数”を掲載するためだと言う。
 大笑い(心の中でね……)

 ところが、見ればこのイチロー。コントロールのよくない内外角のボール気味の球に苦しみながらも、『外角なら3塁側』『内角なら1塁側へ』と”ファウル”を打ち分けるよう、この練習のテーマをイチローは自分なりに組み替えているように、ボクには映った。

 ”振り抜いて、シンで運んだ…”といった打球はほとんど見かけない。まるで公式戦ならこのコーチはサイヤング賞確実(笑)モノの出来である。

 『前野サン、今日のバッティング練習で目立った選手がいましたか?』
 その晩の事、(イチローの最深部まで踏み込んでいるテレ朝の記者、)吉田さんとイチローと計3人の会食の中で、イチローがボクにそう質問をした。

 ”試されているな”、ボクは責任を持った云い方をすることにした。
 野手組は何組かにグループ分けされ、グラウンドや室内マシン打撃など転々とセットメニューをこなすため、イチローは他の組に居る選手の打撃を見ていないこともあるのだろう。

 『背番号”29”付けている選手ですかね。』
 【へえ、ブーンですか】
 『ああ、そういう名前なんですか。』

 キャンプ仕様のジャージには背番号しか付いていないため、我々に渡されている資料との照合をすればいいのだが、ボクは他の選手にそれほどの関心は無い。

 『ええ、一度詰まると次のヒッティングではヘッドを早めに出して右方向に追っ付ける打球を速くしたり、ゲームに行ったら非常にアジャスタブルなバッティングができる選手だと思いますね』
 『このチームにはイチローさん以外、”広角に打てる打者”が他にいないようなのできっと彼はイケるでしょう』と固めて云った。

 ボクは飛距離などにはけして目を奪われない。”飛べばいい”だけなら、とっくに長島一茂はベーブルースにでもなっている選手だろう(笑)。
 混戦で一歩抜け出る決め手とはこうした臨機応変ぶりが必要なのだと思う。ブーンという選手はそうしたクレバーさを初めから備えた選手だったのだと思う。

 それが目の前のイチローを(一度は)憎み・驚き、そして学ぶことで後のMVP争いにまで加われたのであろう。
 今年のマリナーズはイチローによってしつこい打撃というものを学んだ。

 けしてピネラ監督がそうさせたのではない。氏の脳の中身についての評価はメジャー機構の中では極めて低い。
 ボクは昨季2000年、ピネラが各選手らの代理人との契約内容を踏みにじり、契約切れ寸前の自分の首が可愛いいあまり、例えば佐々木には過度の登板をさせたりローテーションを顧みない先発組の急回転を強いたのを知っている。

 ”短期決戦”に強く、また”弱い”というチームを左右するのはまさに「持ち駒」の把握度と、「用兵」の妙である。

 イチローの打ち方を、やっかみ半分に『当てただけ』とさげすむ声も当初は大変に多かった。

 それが田舎球団、マリナーズの快進撃が確固たるものになると皆が気が付いた。
 マリナーズのラインアップがイチローのように、要所で”点を取りに行く”バッティングをしていることであった。
 (続く)