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  モバイルドキュメント こだわりの旅
   《逢った人・乗り物・味・逸品》
                                                   
 Part2「走る拷問・寝台特急あさかぜ」             この運転士がヘタだったんだ〜
 
 今日という日は充実したスケジューリングだった。
 ボクはイチさんと午後、『電話で話しているだけでもナンだから…』と神戸三宮の「たん平」で待ち合わせ夕食を一緒に喰いましょうと突然決めた。

 普通なら新神戸駅前の「新神戸オリエンタルホテル」を宿とする定番なのだが、あいにく明日はお得意様のご招待で朝から中山競馬場に行く約束があるので、朝10時までに東京駅の待ち合わせ場所に戻ってこなければならない。
 つまり夕方に神戸に向けて朝には東京にいる・・という設定だ。

 手のひらコンピュータ=WorkPadに取り込んだソフトで、自分の生活パターン内のあらゆる時刻表が納められている。
これを手にして…夕方一杯まで仕事して「羽田から伊丹空港経由リムジンバスで三宮」。夕食を共にして、「にしむら」出て午前零時までは付き合える…その後、「大阪駅に出て午前零時30分発のブルートレイン《あさかぜ》号で朝7:30に東京着」。

 やべえぞ、イチロー君と約束した「アリゾナ行き」のために、これから2ヵ月間はスケジュール調整し、日程をつくらにゃならない。

 ともあれ今日の神戸往復で、飛行機利用は無理。深夜に移動していなければならない。新幹線で朝一番で飛び乗るというテもあるが、ホテルで眠るのには無駄が多くベッドで休まるヒマが少なすぎる。

 じゃあ、深夜に動いている乗り物=ブルートレインに乗って帰るか・・・けっこう鉄道は好きだし。

 ところがまいった。計算違いがあった。あこがれの寝台特急に乗り込んだまではすべてスムース…だった。金曜夜だったこともあって「A寝台」や「個室」が満席。どっちみち同じだっただろうが「B寝台」いわゆる「客車二段式の下段」の床に横になったが眠れない…。

 でも「A寝台」だからといって今晩の悲劇が回避できたかというと疑問だ。

 耳の下フロアはさみ車輪が回る音=「ゴゴゴゴンシュショショショ・・・・」。

 客車同士連結器やその部分がきしむ音=「ギャバギャバズッコンズッコ」。

 耳を線路にあてて遠い汽車の音を聴き楽しんだものだが、こうして逆の立場でベッドマットごしとはいえ列車の走行音を深夜聴き続けた経験などなかったボク(普通の人はない)は発狂しそうにうるさくてたまらなかった。

 これがいわば「リズムセクション(笑)」で、翌7:30までの”演奏”の間、まさしくロングランで途切れることはないのだ。こうした東海道本線のような幹線にはレールを溶接でつなげてしまい、線路同士の隙間でガタンとなる宿命を1キロおきとか2キロおきに激減させるスグレ機能である…がこれでも充分にうるさいものだ。

 賢明な読者諸君(誰がヤ)はご案内だろうがこのときは12月…つまり冬だから線路の鋼鉄が気温が低いためレール同士が縮み、レール継ぎ目の隙間が開いて温度の高い夏よりも音が大きくうるさい…という鉄道の原理がここに露呈しているわけだ…偉くないけど。

 それにしてもこの運転士がヘタで(多分、途中で乗り替わったらしい)年がら年中スロットルを上げたり気弱になって追加したり、減速しようとして途中で思いとどまったり…、おそらくこの列車にはJR東海の首脳が乗っていたらこいつの乗務はなかったことだろう。

 ともかく先頭の機関車が引っ張る速度を上げ下げしたりするごとに、機関車の推進力が客車を引っ張る、その都度連結の”遊び”部分が伸び縮みして、ギャバギャバズッゴズコ大声あげて加速、減速のたびに睡眠とは次第に縁がなくなって東京まで規則外しのリズムが続く(笑)のである。

 体感的にも行ったり、逆に来たり。こんなに鉄道の揺れが不快だったとは自称「鉄ちゃん」鉄道おタクを自認していたボクも”あさかぜ”のような大メジャー相手に、不覚を取ったものである。

 くっそうこんなギクシャク運転の[EF-66 運転士]ごときに「絶対《電車でGO!》なら負けない」のだが…と妙な自信と新作ギャグに気付き、自分でウケたりして(笑)、あ、また眠れない。

 「え?まだ名古屋の手前?とほほ・・・」
 心がけが悪いもんで、携帯した必殺の編集MDの「石川さゆり(先生:筆者註)スーパーベスト」や、「Fourplay」じめとするスムースJazzなどもこんな時のために、と用意しておいたのにこんな時に限ってバッテリーがチャージされていないのであったトホホ…。

 それもこれも東京を出る時には、東京までの帰路、心地よい《鉄路のメロディ》をハナから期待していた当方はツメを甘くしていたわけである。
 音はさらに想像を超えてバラエティに富んでいた。ちっとも嬉しくないけど…。

 絶え間ないリズムセクションに混じり、時折、ソロ演奏というか合いの手みたいなチャチがこれまた目を開けさせる…線路をひたすら走っているとたまに通過する”ポイント(転轍機)”がいけない。

 この切り替え線路のバカ野郎がせっかく…ギャバギャバシュシャシャシャ…と雑音でも雑音なりに規則正しいのに乗じてシメシメ、眠れそう…になるのに突然前置きもなく、割り込んでくるのである。

 ガチャガチャガチャギャッチョンと、鉄輪がハジキ上げられそうなメカの爆裂音が悲鳴のように静まり返っている(はずの)列車内に轟きわたるのである、ちくしょう。

 そこへ意外なキャラが登場する。普段は気付かないのだが東海道線というところ田舎は用水路や下水。住宅街はガードと、要するに何かをまたぐ度に”ガード”という騒ぐ鉄板どもが大小驚くような数で「ゴガ」とか「ドガガガ」とか存在しているのである。
 これじゃまるでアフリカンJazzの合いの手のようではないか(笑)。
 あ、笑っている場合じゃない。

 そして忘れてならないのがきわめて多様性に富んだ踏み切り警報機の数々の音色である。誰も居ない田んぼの暗闇にお化けカカシのように立っているのであろう。

 黙って立っていりゃいいのにチャンチャンチャンチャン…とかボクの目を醒ますのである。
 それにしても550キロもの長行程となるとその音色は色々あるのに気付いた。
 いや、むしろまったく同じ音色は一つとしてないのかもしれないのである。

 つまり、同じ”曲”でも音のキーというか、音階の行程が微妙に違うのである。そんなのに気付いたからといってエライというわけでは勿論ない。
 代表的なのは鐘タイプの音。・・・カカカカカンカンカンカンカンンンンンンこのイヤらしくも強烈なドップラー現象。

 中には「ズゥー」とブザーようなウス馬鹿みたいな警報音から、ひどいものになると「ヒャヒャヒャンヒャンヒャンヤャャンン」なんていうJRが安全を一身に祈念してクリエイトした《なるべく耳ざわりな音》の集大成みたいなシロモンまで登場して安眠しようとするボクを入れ替わり立ち代わり、妨害し続けるのである。

 しかしまあ、よくぞJRはこれで一万八千円も取れるもんだし、さらに驚くべきはもっと高いクラスまで作ったものだ。さらに驚くのはそのアッパークラスがすでに「売り切れ」であり、そこに金を出す大衆がいるという現実だ。関西空港・東京間の飛行機スーパーシートが16200円なのだから、そのおかしな強気ぶりが解るだろう。

 それでも部分的に眠れたり、目が冴えたりしながらしているうちに冬の遅い朝が明けたのが平塚あたり…。
 『おはようございます。間もなく横浜駅に停車いたします…』だとぅ!?

 ゲゲッ、これじゃあ競馬の予想なんかできるコンディションじゃない。
 頭がぜんぜん休まっていないのである、今日は競馬の日じゃないか!エライこっちゃ。
 まずい!予想ができない。いっそ予想などよそうか…(笑)なんて云っている場合じゃない。

 もう時間がないじゃないか。オレは競馬は遊びじゃない、座興や賭け事じゃないんだ。まぎれもなく”労働”なのである、組合こそはいっていないけど。
 きちんと予想した時間を必ず時給としてプラスする、今日がマイナスでも一年を通じたらプラス決算にしていないとイヤなのだ。
  
                                         
 
惨憺たる我がベッド
    
 そんな無為な脳の使い方など勿体なくて許せない。
 今日は困ったぞ〜。


「おい、おばさんここでタバコ吸うんじゃねえよ

 八つ当たり気味だけど先ほどから廊下側で立ちのぼるスッパスッパ、タバコの煙がこちらのコーナーに入り込んでくるので、たまりかねて廊下に出つつそう決め付けた。
「あら、そうやったかしら」乾燥したシワの大阪オバンが白い紙巻タバコの筒先を思わず下げた。
 丸坊主で”琴錦”クラスの男がいきなり視界をふさぎ、そう言い放つのだから説得力(笑)があるのだろう。
「ここは禁煙車だろうッ」語尾を上げてやった。

「ごめんね、」”め”にアクセントをつけデパートの紙袋をいくつも両手の指に引っ下げて、早々にボクの前を退散していった。「……」女は去った。
しばらくしてボクは思わず一人なのに声をだしてしまった。
「あ、いけね。ここは”喫煙車”だったんだ」

 考えてみたら、”禁煙車”を買って乗り込んだボクを車掌さんが「こっちの車両の方ならすいてまっせ。移って来たらよろし」と云ってくれたんだっけ。

 通常なら2つずつの寝台が向かい合わせになるはずの区画を、無事一人で占有できたのは昨晩のことであった。大阪駅での停車中の一瞬のうちに事を運んでくれた、車掌さんの手際の良さのせいで『禁煙車を出ていた』のをすっかり忘れていたのである。

 おばちゃんごめんやデぇ…じっと車窓の冬の朝景色に目を泳がせながら、心の中ではそっと手を合わせる自分であった。
 悪いんはみ〜んな車掌さんなんやデ、堪忍してや。

 おばちゃんのボサボサの髪染め頭に幸多からん事を願わずにはいられない。
 道理で「しっかしこの車両はタバコくせえな〜」と思わず辟易したのも今になって理解できた次第。

 それにしてもイチローの話題からよくもここまですっ飛んできたものである。
 これがホントの”脱線”というのだろうか。

 種々雑多、あらゆる騒音と活動を550`も繰り返していながらこうして川崎の多摩川を渡る…と「あさかぜ」は、今までの大騒ぎを空っとぼけるように東京駅の指定された番線へと従順に、すり足のごとく滑ってゆくのである。
 同駅で10時待ち合わせまで2時間半の間、ボクは有効に過ごす術を識っている。

 改札口を出たところ、八重洲口地下の「東京温泉」なる風呂屋でゆったりのリラクゼーションタイムでブルートレインでの疲れを癒そうという寸法だ。
 色気は全くないけれど数々のおばちゃんたちがここでは短パン姿で迎えてくれる。

 まずサウナで肌をふやけさせた後二人がかりの《アカすり》である。韓国風らしいが花崗岩製の石ベッド(というよりマグロ解体の大まな板風)に寝かされ、アカすり専用のミトン両手にはめた4本の手がゴッシゴッシわが身を削ってゆく。

 バッシャンバッシャンと威勢よくぬるま湯を容赦なくぶっかけるので、横で眺めていたらまるでトドやアザラシの解体のようだろう(笑)。

 「ハイ、こんだけ出たよ」と手のひら広げ差し出した”本日の戦果”はピンポン玉一個分。
 身体全体が発赤しているようなポカポカ感に包まれる。

 なんだか「花カツオ」をすくい取って丸めたかのようである。脂も含まれているだろうし煮たりするとひょっとして意外においしいダシが出るかも知れない。背アブラの「大根カツラむき」みたいなものだから、コクやウマ味も期待できよう。

 ボクは絶対に「毎日一回は風呂、プラスシャワー一回」。というローテーションなので汚れはあまり含まれていない?のが好都合だろう(笑)。
 ラーメンには鶏がら+カツオ節みたいな”サッパリ味路線”でイケるかも、この場合は当然麺選びは細麺であろう。

 いや、軽く煎ったベーコンとこの”ヒトだし”スープを和えて、洋風オジヤとかいいし(?)トポフなんてオツ…なのかも知れない。ちなみにこの場合はブラックではなくホワイトペッパーの方がグッドマッチ!。

 完成したらスィートバジルの葉なんか浮かしたりして(まだ云ってる)、好きな人と朝の日溜りの白いテーブルかなんかでいただきたいですね、サンフランシスコみたい…アツアツのところをズズ〜ツとね。よ〜し今度持ちかえってみることにしよう……んなワケないだろ。

 そこからちょっと静かな乾燥した別室でマッサージの始まりである。
「そうイチローさんと一緒だったの」「アタシは野球全然わかんないんだけど、娘が大好きでね、今度サイン貰ってきて頂戴よ」「ミドリさ〜ん、このお客さん昨日イチローと一緒だったんだって」「ねえ、サインだめ?」

 あのなあ、寝かせてくれよ頼むから…。ここはこの時間、オレみたいな遠距離列車の出張客が小休止に来る時間だろうがや。

 オレって本来ここから30分の場所に住んでいるのに、帰らずにここでアンマさんして貰っているのはちょっと狙いがあるんだけどなあ…トホホ。


 だからブルートレインで昨日の夕方に仕事を終えその足で博多あたりから乗ると翌朝の10時頃東京着となる時間設定。つまり《走るビジネスホテル》としての使命をこの青い列車たちはになっているのである。
 そしてこの「東京温泉」が加わってゴージャスなビジネストリップを補填できるのである。

 だからここにはいつでも距離的に大股なスパンで仕事しているサラリーマン氏らで賑わっており、九州・北海道からの”顧客密度”が高いスペースである。

 余談だがこんなこと昨年にあった。
 過激派の内ゲバによりA派の活動家が福岡市内で早朝に殺害された。

 襲ったB派の二人はアベックを装い、緊急配備が解けるその日の夕方まで身を潜め、博多(福岡)駅夕刻出発のブルートレインに乗車、そのままの東京入り…ではさすが警察の目を恐れたのだろう、早朝の熱海で途中下車(こうした場合、彼らはカモフラージュ工作として、最終地までわざとキップを買っておく不文律もある)し、在来線鈍行にわざわざ乗り換えて東京方向をめざしている(公安当局には真鶴にB派のアジトがあったとの見方もある)。
 
ところがここからがスゴいのは、そんな彼らを狙う刺客らがこの時点ですでに彼らの背後にまわり、彼らの後姿を射程に入れていたことである。

 やれやれと(?)乗り込んだ2駅目の真鶴駅で、A派の報復部隊に囲まれ、車内で衆人環視の下、男女とも刃物(出刃包丁らしい)で背中などを刺され、男は倒れ込んだホーム上で絶命。女性活動家も一刻を争うほどの重傷を負うといった凄惨な事件となった。

 ボクがまた、この一件で感心したのは現場からの一報が適確だったらしく、救急車で搬送するよりも整った病院設備の体制を判断、その鈍行を出発させ重傷女性をその電車で小田原駅まで運ばせ近隣の救急病院で緊急手術し、一命を救った・・・という官僚らしからぬ現場指揮であった。

 それにしても2月8日の福岡での事件に翌9日、早くも報復を遂げたのも元はといえばAとBは同じセクト。顔も行動パターンも熟知していただけに逃げ場がなかったのか。

 同時にB派の選んだ逃走法の鮮やかさもさることながら、それを捕捉し適確に”処置”してしまう水際立った作戦のA派報復側。しかもどうやら真鶴に逃走用車両まで待機させていた上の周到な作戦らしい…となると彼らの”実力”には思わず戦慄させらてしまう。

 この「2・9真鶴事件」は公安当局、それに当の過激派の歴史に今後、深く刻まれる新しい局面となったことだけは確かだ。
 もっとも真鶴で果てた男女の上部は、未だに彼らを前日の福岡での殺害事件関与は否定しているようだが。
 ナントカ特急殺人事件…とやらのフヤケた”駅弁推理小説”と比較すれば、ボクにはこちらの”現実”の方がはるかに小説よりも奇であり、思わず瞠目してその後までフォローしてしまうショッキングなものであった。

 ここで考えて欲しいのは、(実況検分に欠かせない)電車を現場から動かしてでもその女性活動家の生命を守ろうと”搬送”に利用したことだ。

 『過激派対公安警察』など今どきここから何の感慨もわかないという人々ばかりだろう。
 だがこの立場を超えた警察側の英断こそ、《もう政治的対立をしている場合ではない》時代を象徴するような事件であったとボクに深く入ってくるものがあった。

 こんな事考えていると髪の毛なんか生えているヒマなどないのである。
 だから罪もないおばちゃんに悪態をついてしまったワケである。
       (Part2 了)

Part2